青い瞳
東宝戯曲家講座第二回提出作品 2006.7.31
花の(笑)戯曲講座時代の書いた作品。第二弾。
昭和四十年代の横浜で、地方出身者の営業マンと娼婦と混血児が
悲しい三角関係を描く。…というすごく恥ずかしい話です。。。
本当に雰囲気だけなんで、許せる精神状態のときに見てください。
青い瞳
登場人物
川辺敦郎 (カワベ アツロウ) サラリーマン二十六歳
上原マチコ (ウエハラ マチコ) ダンスホールの女二十四歳
カーク篠崎 (カーク シノザキ) ハーフのゴロツキ二十二歳
場所
ヨコハマの本牧近くのアパートの三階。真知子の部屋。
時代は昭和四十年代後半ごろ。
1
梅雨入りの時期の朝。真知子の部屋。上手にドアがあり、下手にひとつ、
正面に二つ、それぞれ窓がある。下手に据え置きのベッド。舞台中央あた
りに小さなキャビネット。椅子が一脚上手よりの窓辺に置かれている。
ベッドからおきる川辺。港から出向する船の汽笛が聞こえる。
しかしここがどこか分からない様子で、きょろきょろと室内を見回す。
落ちている自分のベルトとネクタイ・靴下を拾い上げ所在なげにベッドへ
腰掛ける。
そこへ帰ってくる真知子。薄着にコートを羽織った、ごく近所への装い。
マチコ あら、起きてたの。おはよう。下からサンドウィッチもらってきたとこよ。
食べる?
川辺 あ…いただきます。(簡易テーブルをテキパキと準備するマチコを見ながら)
…どうもすいません。
マチコ いいのよ。気にしないで。…ねぇ。アンタ昨日のこと覚えてるの?
川辺 あ、いや、あの…
マチコ やっぱりねぇ。だって貴方ベロベロだったもの。
川辺 (いきなり床に土下座)申し訳ありません!酔っていたとはいえ、こんなこと
になってしまって。私は本来こういったことには不慣れでして、正直どうした
らいいのか分からないのですが、男としての責任だけはキチンと取らせていた
だきます!ですから、どうぞ昨日の不始末の事はお許しくださいませ!
マチコ (話の途中から笑い始めて)ハハハ!何にもない、何にもなかったのよ!
川辺 はい?
マチコ 本当にこれっぽっちも覚えてないんだね。アンタは昨日、あたしが働いてる店
に会社の仲間かなんかとやってきて、もうすでにベロベロだったからあたしに
もたれかかって寝ちゃったんだよ。
そしたら上司みたいな人が「連れてかえるの面倒だから、君のとこ止めてやっ
てくれる?」って二千円くれたの。ついでに遊び方も教えてやってっていわれ
たけどあんたそんな状態じゃなかったからね。適当に放り出しといただけよ。
川辺 でも、じゃぁ…そうなんだ。なんだそうなのか…。
マチコ そうよ。でもまァ、今から教えたげてもいいけど。(川辺が固まるのを見て)
フフ冗談よ。ホラ、食べて食べて。
川辺 いただきます。…あの、お名前は?
マチコ マチコよ。マチコ・上原。
川辺 僕は…敦郎です。アツロウ・川辺。
マチコ OH!アツロウ!Nice to meet you!!(握手を求める)
川辺 あは。(握手に答えて)どうも。外国にいらしたことがあるんですか?
マチコ フフフ!あなた面白い人ね。そんな風に見える?
川辺 違うんですか?英語がお上手だから。
マチコ ここに暮らしてればこのくらいフツーよ。小学生でも喋れるわ。アンタよそ者
なのね?どこ?東京?
川辺 こないだまでは東京にいました。実家は福島です。こっちには着たばかりで。
マチコ 移されたの?
川辺 いえ、自分で志願して移してもらったんです。
マチコ そうなの。でもなんで横浜に?東京のほうが何かと便利じゃない。
川辺 それはなんと言うか、憧れがありまして。
マチコ …。
川辺 …僕ジャズがすきなんです。友達のおじさんがその手のレコードを何枚か持っ
てるのを聞かせてもらって、もう夢中になっちゃって。その人からヨコハマなら
生でいくらでも聞けるって聞いて。本当は何か楽器をやりたかったんだけど家
学校に行けたのが奇跡みたいな貧乏農家だったから。せめて近づきたいと思っ
て、ヨコハマに本社がある企業になんとかかじりついたんです。こんな僕でも
横浜にいれば、とにかく何かあるんじゃないかと思って。
マチコ わかるわその気持ち。私もそうよ。ここなら、何か見つかる気がしてた。
川辺 マチコさんも?
マチコ 私もここの人間じゃない。北海道から来たの。
川辺 北海道から?
マチコ そうよ。
川辺 …驚いたな。
マチコ 結構多いのよ。はじめは東京へ出て、マネキンやってたの。でも母が倒れて、
お金が必要になったからダンスホールに立つようになって。結局母はすぐ死ん
じゃったけど。そのときいろんな人を見たけどいつも目だってカッコいい人は
横浜の人だった。どこか冷めててきれいな遊び方を知ってる。アメリカ兵とも
仲がよくて、よくつれて歩いてた。そういうのみてあこがれたのよね。ダサい
田舎娘の私も、ここへくれば変われるんじゃないかと思って。
川辺 そうだったんですか。
マチコ 私達、一緒ね!これからも仲良くしましょうよ。(改まって握手を求める)
川辺 はい。こちらこそよろしくお願いします。…そうか。だからあの時、マチコさん
に惹かれたのかな。
マチコ え?
川辺 思い出したんです。昨日店の壁にもたれてタバコくわえてたマチコさんの事。
うつむいてたからまつげの影が頬に青く落ちてた。イングリット・バーグマン
みたいだった。
マチコ ちょっと。せっかく今お友達になったとこなのに、くどくつもり?
川辺 いやや!そういうんじゃなくて、ちょっと思い出したもんで。ごめんなさい。
マチコ いいわよ。謝る事じゃない。むしろ褒めてもらって私がお礼いい態ぐらいよ。
ありがとう。
川辺 やめてください。僕はホントに思ったことを言っただけですから。
マチコ ねぇ。私アナタのこと“アロー”って呼んでもいい?アツロウってめんどくさ
いから。タバコもホープだしぴったりでしょう?
川辺 タバコが関係あるんですか?
マチコ アローってね“弓”って意味があるのよ。ほら。箱の柄と同じでしょ?私のこ
とはマチって呼んで。マチコさんなんて呼ばれるガラじゃないから。あと敬語
もなし。他人行儀だわ。もっと砕けて。
川辺 …わかり…わかった。じゃあマチ。これからヨロシク。(握手を求める)
マチコ (その仕草に微笑みながら)こちらこそヨロシクね、アロー。
二人、愉快そうに何度も握手を振っている。暗転
2
二週間後の朝。マチコの部屋。マチコは誰かとベッドで寝ている。
川辺、浮かれた様子で廊下に現れる。
川辺 (ノックして)マチ、いるかい?僕だ。アツロウ。入れてくれよ。もしもし?
マチコ (ベッドから起きだし、ローブを羽織ってドアを開ける)
どうしたの?こんな朝から。
川辺 根岸家で飲んでたら朝になっちゃって。気分がいいから、このまま帰るのがも
ったいなくてさ。…今、大丈夫?
マチコ 今日はちょっと…
カーク いいよマチ。もう朝だろ?俺は帰るから。(ベッドから起きてきて、ジーパン
だけはいて、上着は適当に引っつかんでやってくる。)どうも。アローだろ?
マチから聞いたよ。俺はカークだ。それじゃなマチ。
カークなれたしぐさでマチに口付け、出て行く。
その空気に呑まれて、落ち着かない川辺。
川辺 ごめん、マチ。タイミングが悪かったね。
マチコ いいのよ別に。それより、今日は仕事は?
川辺 休み。だからこの時間まで飲んでた。
マチコ そっか。じゃ海でも見に行く?私も仕事まで暇だから。
川辺 でも君、疲れてるんじゃない?(椅子に座る)
マチコ やめてよ。そんなトシじゃないわ。映画を見に行くのもいいわね。
川辺 マチ。今のって、マチの恋人?
マチコ 違うわ(少しはぐらかすよう)。彼も友達みたいなもんよ。なに?もしかして
妬いたの?
川辺 まさか!違うよ。そんなんじゃない。
マチコ そう。…よかった。だって貴方は、私のたった一人の親友なんですもの。恋人
なんかよりずっと大切なの。(マチ、いいながら川辺の膝にしなだれかかる)
川辺 …ま、マチ?
マチコ ‥私浮いてるから。どこに行ってもそう。ここは自分の場所じゃないって思っ
ちゃうの。誰も、私の事なんて興味ないんだなぁって。…だから自分の気持ち
話せるような友達、今まで一人も出来なかった。今までずっと一人で暗い海を
漂っているような気がしたの。でも今はアローがいるから。恋人同士には必ず
別れがあるでしょう?でも友達なら。ずっと友達でいられるわ…。たとえ離れ
ても、私アナタを忘れないわ。
川辺 (マチの頭を撫でてやりながら)僕もマチのこと忘れないよ。それに離れたり
しない。ずっとマチのそばにいるよ。
マチコ (川辺の手を取り、距離をとるマチ)‥それは無理よ。
川辺 …なんで?
マチコ (しばし考えてから立ち上がり。川辺に背を向ける。)私アメリカに行くの。
さっきのカークと一緒に。
川辺 そんな!いきなりっ…どうして?
マチコ やっぱりここも私の場所じゃなかったのよ。それだけ。私生まれ変わりたいの
よ。やり直したいの。あの、赤い靴の女の子みたいに外国に行って、青い目に
なりたいの。
川辺 そんな、だって…。だって会ったばかりなのに…。
マチコ (川辺の手を取り)ごめんなさいアロー。もしもっと早くアンタに会ってたら
もしかしたらこんな必要なかったかもしれない。でも分かって。お願いよ
アロー。分かって。
川辺 マチ…。
川辺、マチコを抱きとめながらも、途方にくれる。暗転。
3
三日後の夜。ベッドの上にはカークとマチコ。
マチコ ねぇ。カーク。家族から手紙は来た?
カーク …いやまだだ。
多分店が忙しいんだ。悪いなマチ。なかなか約束守ってやれなくて。
マチコ いいの。
家族に会えないカークのほうがかわいそうだもの。ねぇ。写真を見てもいい?
カーク あぁ。
マチコ、ベッドから出てカークの上着から写真を取り出し戻ってくる。
マチコ ホラ見て。こうして並べるとあなたお母さんにそっくりね。
カーク そうか?
マチコ そうよ。生え際の形とか、笑った口元とか。
カーク (キスして)父親に似ればよかった。もう少しがっちりしてりゃ基地の連中に
馬鹿にされなかったのにな。
マチコ そうね。でも、あなた国へ帰ったらお店継ぐつもりなんでしょう?
カーク あぁ。親父も年だからな。カフェは体力の要る商売だし特にウチの店は労働者
が多いから。急いでやがるし、量食べる。おまけに金払いが汚い。面倒な仕事
なんだ。親父はイイとしても、母親には楽させてやりたいんだ、迷惑ばっかり
かけたからな。
マチコ 悪い子ねカーク。でも、やさしい人。私も早く、ご両親に会いたいわ。
えらくあわてた様子で廊下に現れる川辺。マチの部屋のドアを壊しそうな
勢いで、掴みかかる。
川辺 マチ!ここを開けてくれ!
マチコ アローなの?どうしたのよこんな夜中に!
川辺 わかってる、カークと一緒なんだろ!いいから、とにかく入れてくれ!
マチコ (あきらめてベッドから立って)そんなに叩かないでよ!壊すつもりなの!
(川辺を中に入れる)
川辺 (カー クを見つけて殴りかかる)このペテン師め!
マチコ (あわてて止めにはいって)ちょっと!アローやめて、なにするのよ!
川辺 (マチコを捕まえて)聞いてくれマチ!
コイツはマチをアメリカに連れて行くことなんか出来ない。こいつは兵士じゃ
ないただのゴロツキさ!ハーフなんだよ。カーク・篠崎。娼婦の息子さ!
マチコ …何ですって?
川辺 取引先の基地の連中に聞いてもらったんだ。誰もカークなんて名前の優男は
知らないといってた。
マチコ そんなのたまたまかも知れないじゃない!
川辺 なら所属部隊を答えてくれ。カーク。僕が調べてきてやるよ!
マチコ ちょっとまって!この写真が証拠よ!この二人がカークのご両親なの。ホラ、
二人ともアメリカ人なのよ!
カーク もうやめろマチ!…その男の言うと通りだよ。俺は、ただの不良さ。
マチコ カーク。
カーク その写真もクラブでたまたま拾っただけだ。
その赤ん坊は俺じゃない。赤の他人だ。
マチコ どうして、どうしてそんな嘘ついたのよ?
カーク …。
マチコ …。わかったわ。もういい。私でかけるわ。帰ってくるまでに出て行って。
川辺 マチ…
マチコ ついてこないで!
写真をキャビネの上にたたきつけバックやらなにやら、つかむようにして
出て行くマチコ。残される二人。
カーク (写真をつかみ、着替えを始めながら)
…どうだ?俺が捨てられて、いい気分だろう?
川辺 そういう言い方はやめろ。
僕はマチが騙されてるのを黙ってみてられなかっただけだ。
カーク なんだよそれ。ようはお前も、点数稼いでマチを抱きたかっただけだろう?
川辺 違う!お前と一緒にするな。そんなんじゃない。
カーク そんなんじゃないって、じゃぁお前は。マチのなんなんだよ。親か?兄弟か?
川辺 …違う。
カーク おいおい。お前もしかして(手を添えて)こっちか?
川辺 違う!
カーク 違う違うって。気持ち悪りぃよ、お前。
好きな女なら、抱くのが男ってモンだろう?…ったく。
(ベッドの上に座って壁にもたれる。タバコをくわえる)
川辺 帰らないつもりか?
カーク 一服ぐらいさせろよ。
川辺 …何で、こんな嘘ついたんだ?
カーク たいした意味なんてねぇよ。マチを物にしたかった。それだけだよ。
川辺 マチじゃなくたって、他に相手はいたんじゃないのか?
あんた、カッコいいから。
カーク カッコいいって?俺が?
川辺 そうだよ。あんた、モテるだろう?手も足も長いし、瞳も青い。
カーク もてるよ。もてるからなんだよ。
どんなにもてたところで、俺はただの私生児さ。おまけに、日本人じゃない。
アメリカ人でもない。こんな顔でも英語が喋れるわけじゃない。子供の頃から
どこへ行っても白い目で見られる。俺はそんなモンなんだよ。
ゴキブリと一緒だ。
川辺 ……あんたも、同じなのかな。
カーク 何が?
川辺 あんたもどっか寂しそうだ。
カーク 寂しけりゃ、家へ帰ってママのおっぱいでも吸ってろよ。
川辺 寂しいのは俺じゃない。マチだよ。
始めてあったとき、マチもそんな風に、壁にもたれてタバコ吸ってた。
カーク 結構な記憶力で。
川辺 マチは暗い海を漂ってるみたいだって言ってた。あんたもそうなのか?
カーク …さぁ。どうかな。
ただ、海なんて広くて夢のある場所じゃねぇな。俺の生きてる世界は。
…どぶ川だ。臭くて、汚くて、惨めだ。
俺はこの横浜っていう、よどんだ狭い川から逃れられない。
二人とも無言。
カーク …はじめはただのジョークだったんだよ。
川辺 …。
カーク アイツがこの写真の赤ん坊は俺かって聞くからさ。
あぁそうだ。My MotherとMy Fatherだって答えたんだよ。アイツ、俺の
うそ臭い話、全部信じてやがって、気がつけば一緒にアメリカに帰る約束まで
してた。参ったよ。気がつきゃ手放せなくなってた。この写真も。マチコも。
川辺 マチがアンタを吊り上げたんだ。よどんだどぶ川から。
しばらく沈黙が続き、カーク、立ち上がると、写真を細かくかくちぎって、
窓から外にほうる。
川辺 いいのか?
カーク いいに決まってるだろう。他人の写真だ。持ってるほうが気持ち悪い。
(カーク部屋を去っていく)
川辺 (つぶやくように)…悪かった。
カーク (川辺を殴る)馬鹿にすんな!
川辺、殴られ床に投げ出されるが、痛みをこらえたまま立ち上がれない。
暗転
4
夜明け。照明が淡くともり、膝を汚したマチコが帰ってくる。椅子に腰か
けたまま眠っている川辺。マチコ川辺を見るが放っておく。手にはちぎれ
た写真。キャビネットの上に並べて張り合わせようとする。それを途中か
ら見てしまう川辺。
川辺 …そんなもの直してどうするんだ。
マチコ 出てってよ。
川辺 …何でここじゃ駄目なんだ?どうして、
マチコ 出てってっていってるのよ!
川辺 アメリカに何がある!
マチコ …HOPE。
川辺 …それは君の思い込みだよ。
マチコ 思い込みの何がいけないの?あなただって、あなただってここへ来た!
川辺 僕が来たのは横浜だ!
マチコ 違うわ。あなたが行きたいのはアメリカ。あなたが求めたジャズだって本当は
アメリカにある。本当は、みんながみんな、アメリカに行きたがってるのよ。
川辺 そんなバカな。僕らは日本人だぞ?
マチコ 日本なんて大嫌いよ!敗戦国。貧乏ったらしくて垢抜けない。こんな国いる
意味がない!
川辺 東京に行こう。ここにいるからそう思うんだ。
銀座の町並みを見たことあるかい?街灯、石畳、百貨店、何でもある。
僕もいっしょに行くよ。だから…
マチコ やめてよ。アツロウ。あなたどうしたの?東京なんて本当はちっとも行きたく
ないくせに。
川辺 君となら行きたい。君を守りたいんだ。
マチコ 守ってなんて誰が言った?冗談はやめてよ。アンタみたいに情けない男、
興味なんてないわ。アンタはあくまでお友達。あたしの話を聞いてくれるだけ
でよかったの。
川辺 僕はお人形遊びの道具だったのか。
マチコ …そうね。
静かに決意する川辺。
川辺 わかった。僕が行かせてあげるよ。アメリカに。
マチコ …何言ってるの?
川辺 アメリカに行きたいんだろう?
5
マチコの部屋。朝。外から出発する船の汽笛の音。
部屋の中は物の雰囲気がやや変わり、もうマチコはいないということが
分かる。住んでいるのは川辺。川辺は簡易テーブルの上で作業中。誰かが
尋ねてきて、扉をノックする。
川辺 開いてるよ。(入ってくる人影を捉えて)カーク。
カーク (随分と落ち着いた雰囲気)行ったのか。マチは。
川辺 あぁ。一週間ほど前だ。船まで見送りに行ったよ。
カーク 一緒に住んでたんだろ?寂しくなるな。
川辺 手紙をくれるといっていたよ。
カーク 出し方が分かるのか?…でもまぁ、あの男が教えてくれるのかな。
川辺 知ってるのか?
カーク まあな。
アメリカへ渡るシンデレラガールの話はそうあるもんじゃないからな。
川辺 あれから、あんた何してたんだ。
カーク それはこっちのセリフだよ。あんたこそどうしてた?結局マチとはやったのか?
川辺 相変わらずだな。…なかったよ。何にも。僕は最後までマチの親友だった。
そして、これからも。
カーク マチの事、抱きたかったんだろ?
川辺 (少し笑って)‥好きだったよ。ものすごく。行かせたくなかった。
カーク 引き止めなかったのか?
川辺 言って聞く相手じゃない。それに、すごくうれしそうだった。
これでアメリカ人になれる。赤い靴と一緒だって。
カーク ♪〜異人さんにつれられて行っちゃった…。か。
川辺 今頃は、青い目になってるよ。あんたみたいな。
カーク お前みたいな、だろ?
川辺 は?
カーク 聞いたぜ?この珍しい話の仕掛け人だったヤツを。あんただろ?
二人を合わせたのは。マチの相手はあんたの取引会社のお偉いさんだって
話じゃないか。今回の件で、随分儲けたんじゃないのか?川辺部長。
川辺 …すべてが丸く収まっただけだ。誰も悲しんでいない。
カーク 本当にそうかい?…まぁ、あんたがそう言うならそれでいいよ。
でも、商品だけじゃなく女の世話までしてやるなんて、それが日本男児の
することなのか?
川辺 日本男児がこの横浜にいるのか?東京タワーが出来たって、本牧の基地は
なくならない。俺たちはアメリカなしじゃ生きていけない。金はアメリカから
流れてくるんだ。買ってもらえるならなんだって売るさ。
物も、女も、プライドも。
カーク 噂は本当だったか。アメリカかぶれの営業マン。心まで売っちまって、
その目は真っ青だって噂だよ。あんたこの町にお似合いだよ。ようこそ!
暗く汚いどぶ川へ。
川辺 …俺は、そうは思わないよ。
カーク うん?
川辺 この町を、どぶ川だなんて思えない。ここはどこなんだ?日本?アメリカ?
むしろそれ以外のどこか別の国なのか。…この街に来てもう随分立った気が
するけど、それでもまったく印象が変わらないんだ。こんな風に、朝もやに
煙るポプラ並木や石造りビルを眺めていると、まるで覚めない夢を見ている
ような。そんな気持ちになる。僕の目が青くなったというなら、いよいよ
これは夢の中なんじゃないか?アメリカへ旅立ったマチも、赤の他人の写真を
持ち続けてたあんたも、欲しいもののすぐそばにいながら触れることすら出来
なかった僕も。全部が全部、この街の見ている夢なのかもしれないな。
夜が明けてゆく。
まぶしい光の中、窓辺に立ち続ける川辺。動かないカーク。
鳥のさえずりが朝の訪れを告げる。暗転。
モドル
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