満開の花の下
東宝戯曲家講座第一回提出作品 2006.5

 ・ まえおき
 戯曲講座時代の書いた作品。第一弾。
 なんともいえず中途半端な話なんですよね…。
 修復作品を、美術品として甦らせるのか博物学的品として甦らせるのか
 そのあたりの葛藤を、明治のおしゃれモダーン風に味付けして、
 技術のなさに自爆したような作品。手を入れようと思うたびに謎の迷宮へ
 旅立つ羽目になる、私の脳内地図的作品。




   満開の花の下





登場人物
佐山晴天 (サヤマ キヨテル)   修復師三十二歳
岡本泰晴 (オカモト ヤスハル)  岡本家嫡男。十一歳
岡本千紗 (オカモト チサ)    泰治の母。二十九歳
近藤治憲 (コンドウ ハルノリ)  帝国博物館・職員三十一歳

 場所
神田にある岡本家武家屋敷の客間。下手に庭に面した濡れ縁。
上手には障子を挟んで、手前袖中の玄関と、奥の他の部屋へと続く廊下。
正面にはかなり汚れて、なにが描いてあるのか、うっすらとしかわからない
四枚の襖が閉めてある。(この襖は進行によって何度か差し替えられる)
時は明治二十五か六年。時期は夏の七月から八月にかけて。



    1

岡本家客間。時刻は正午近く。
庭は夏独特の濃い太陽に照らされて中のほうが暗い。蝉鳴が暑苦しい。
客間中央で泰治が座布団を枕に昼寝中。



近藤 (戸を叩きながら)失礼いたします!奥様、近藤です!いらっしゃいますか?奥様?
   (あきらめて庭へ回って来て)あぁ!泰治君!ヤスハル君!おきて、おきて!
泰治 ん…(顔だけそちらへ向けて)あぁ、近藤さん。なんですか?
近藤 奥様は今日どちらに?
泰治 知りませんよ。昨日からいらっしゃいませんから。
近藤 またですか?んもう、まったく(客間に上がり泰治の座布団を取り上げる)
泰治 うわぁ…!何するんですか!!
近藤 お客様が来るんですよ。少しきちんとなさい。そら!(玄関を空けに行く)
泰治 お客様って、ちょっと近藤さん!母上がいないのに、勝手にウチへ上げるおつもりですか?
近藤 (戻ってきて)大丈夫。客とは言っても私の大学時代の友人ですから。
泰治 ふ―ん。でも、何でまたウチへ?
近藤 この前お二人に話したじゃないですか!この襖絵を当帝国博物館で買い取るにあたり、
   絵の修復をさせていただきたい。そこで、知り合いの修復師を紹介いたしますから、
   明日は必ずご在宅ください…って!
泰治 あぁ。そういえばそんなことおっしゃってましたかねぇ…。
   でも、ウチの母上にはそんなこといくら言っても無駄ですよ。
   あの人は自分の事で精一杯ですからね。(また寝始める)
近藤 こら!じゃあせめて泰治君くらいシャンとなさい!ほれ!

    庭に晴天登場。近藤はちょうど背を向けていて気づかない。

泰治 いいですよ。どうせ近藤さんのお友達なんでしょ?
近藤 友達なら何でもいいなんて事ありませんよ!親しき中にも礼儀ありってね。ホラホラ。
泰治 (引っ張りあげられて)え〜!めんどくさい。ヤダヤダヤダ!
晴天 あの…。近藤?
近藤 (あわてて振り返って)晴天!おぉ、よく来たな!…でもなんで庭から?
晴天 いや、戸をたたいても誰も出なかったから。こちらから声も聞こえたし。
近藤 そうか。(咳払い)まぁ上がれ。…俺んちではないが。
泰治 (大げさに丁寧に)どうも。本日はわざわざ手前どものお庭から、ようこそ
   お越しくださいました。
晴天 …これはご丁寧にどうも。
近藤 こちらはこのお宅の息子さんで泰治君。泰治君、こちらは佐山晴天。私の友達だ。
  (晴天に)本当は奥様にご紹介したかったのだが、ちょっと出かけてしまわれててな…。
晴天 そうか。それは困ったな。…ところで、例の襖絵というのはこれか?
近藤 おう、そうそう!それだよ。どうだ?
晴天 ふむ。これはなかなかの物だな。構図も大胆で迫力がある。
泰治 大人って、どうしてみんなそうかねぇ?大胆だ、趣がたまらん。味がある。
   とかいっちゃってさ。そんなの、ただの小汚い襖じゃないか。いったい何が面白いの?
近藤 これ、泰治君!失礼ですぞ!
晴天 たしかに今はかなり汚れているけど、これを綺麗にするのが私の仕事だ。
   きっときれいになれば泰治君もこの絵の事を見直すよ。
泰治 へぇ〜。自信あるんだねぇ、おじさん。
晴天 まぁ、それなりにね。
近藤 泰治君。コイツは本当にすごいヤツなんだぞ!先だっての万国博覧会にだって、
   コイツが直した作品が何枚も飾られていたのだから!
晴天 子供相手にムキになってどうする。
泰治 でもそれって、もともと絵を描いてる人がすごいんであって、別におじさんが物凄いって
訳でもないんじゃないの?
近藤 泰治君!
晴天 いいよ近藤。子供にゃ難しい話だよ。
千紗 (廊下からふらりと現れて)ちょっと近藤様。これはいったい何の騒ぎなんですの?
近藤 あぁ!奥様!お待ちしておりました。
   先だって紹介するとお約束した修復師を連れてまいりました。
晴天 佐山晴天です。修復を専門にやっております。
千紗 (立ったまま会釈で)岡本千紗です。それで?いかがいたします?
晴天 え?
千紗 その絵を持っていかれるなら、さっさとお持ちください。
   細かな打ち合わせは結構でございます。
晴天 それではあの、よろしければ作業はこちらでさせていただきたい。私は旅暮らしが長く、
   家を持っておりませぬゆえ、どうかお許し願いたい。
千紗 …なるほど。私どもとしましては、場所をお貸しすることはいくらでも構いませんが、
   居候を養うだけのたくわえはございませんので、何のお世話も出来ませんが…。
近藤 奥様!何もコイツは、食事をたかるつもりでこんなことを言っているのでは…!
晴天 結構でございます。場所さえいただければ作業は出来ます。
千紗 ではどうぞご自由に。とはいえ、なるべく早くしていただかないと、(近藤を見て)
   話が先へ進みませんので。では、失礼いたします。泰治。ちょっといらっしゃい。
泰治 …はい。
近藤 (二人を見送り)なんだ、あの言い草は!晴天。不快な思いをさせてしまって申し訳ない。
晴天 いや、世の中にはいろんな人がいるものだ。
   …それにしてもあれは尋常ではないな。何かあったのか?
近藤 さてな。私もよくは知らないが、…昨年、旦那に逃げられたらしい。
   そのせいでああなったのか、ああだから逃げられたのか。私には分からんがな。
  (立ち上がって)では、晴天。悪いが後はよろしく頼むよ。まだ仕事が残っていてな。
晴天 あぁ。わかった。
近藤 (一度玄関へ行きかけて、庭へもどる)それではな。
晴天 あぁ。ありがとう。(しばらく近藤を見送って)さて。いったい何があったの
  (襖に向かって)のう。お前は何を見てきたのだ。私に教えてくれ。
泰治 おじさん、大丈夫?
晴天 泰治君!
泰治 襖に向かって独り言とか危ないよ?気でも狂っちゃったのかと思っちゃった。
晴天 (咳。絵の状態を紙に書き付ける作業をはじめながら)して、泰治君はなぜこちらに?
泰治 あのね。ここ一応僕んちなんですけど。
晴天 そうか。それもそうだな。
泰治 気にしなくていいからさ。僕おじさんを見張ってるだけだから。
晴天 見張る!?なんで。
泰治 母上が、おじさんが変なことしないように見張ってろって。そりゃそうだよね。
   なんか怪しいし。絵に喋りかけたりしてさ。
晴天 絵に喋りかけてはいけないかね?
泰治 いけないというか、普通返事が出来るものにするもんじゃない?喋りかけるってのは。
晴天 もういい。私の邪魔をするな。
泰治 ハイハイ。先生、頑張って下さいな。

     2

   二週間後。時は昼ごろ。襖はきれいになった二つが立てられ、二つは床に寝かされ作業中。
   晴天は麺棒で表面のこびりついた汚れを落としているところ。
   それを退屈そうに眺めている泰治。

泰治 おじさん。
晴天 んー?
泰治 おじさんはさ、絵が大っ好きなんだね。
晴天 …なんだいきなり。
泰治 だってさぁ、ずっとそればっかりやってもう二週間だよ?つまんないんだもん。
晴天 詰まんなくないだろ?(作業中の物をさし)この汚いのが、(立ててあるヤツ)こうなる。
   な?面白いだろ?
泰治 これだよ。あーもういいや。おじさんに面白さを求めた僕が馬鹿だった。
   近藤さんのがまだ楽しいよ。来ないかなぁ〜。
晴天 なに?近藤のどこが楽しい。
泰治 ん?う〜ん、なんかいろいろウルさいとこ。あれするな!これするな!ってさ。
晴天 変なヤツだなお前は。普通、怒られるのは嫌なものだろう?
泰治 まぁね。でもさ、僕なんかは怒られること滅多にないからね。珍しいの。
   怒られたり叱られたり。楽しいの。
晴天 ふーむ、そうか。お前の母上もあまり怒らないものな。
泰治 あれは怒らないんじゃなくて、いないの。家に。ってかそれくらい気づいてもいいよね。
   ホントにおじさんはそればっかりだからなぁ…。(晴天に近づいて手元を凝視する)
晴天 …なんだ。おもしろくなったか?
泰治 やってみたい。
晴天 (笑)何言ってるんだ。
泰治 いいじゃない、ちょっとやらせてよ!退屈してんだからさ。
晴天 あのな、退屈しのぎにやるようなモンじゃないんだ!お前は修復ってモンが
   どれだけ繊細なものか分かってないだろう!
泰治 当たり前だよ。だっておじさん何も教えてくれないじゃない。子供だからってさ。
   教わんなきゃ誰だって分からないモンじゃないの?
晴天 …そりゃ、そうだが。
泰治 ね?じゃ、早速教えてよ!(晴天の隣へ)
晴天 うん(かなり悩むが)…では、まずこれを持って(麺棒を持たせる)。
   絵の上を優しく撫でるようにして、表面の汚れをふき取るんだ。
   いっぱい動かさなくていいから、少しずつ、やさしくだ。
   強くやると下の紙がはがれたり破れたりするからな。
泰治 分かった。(麺棒をそっとおろす)
晴天 そうだ、そぉっと。そう、そのぐらいで何回も横にずらして拭くんだ。
泰治 うわぁ〜。きれいになってく。わー。(夢中で作業に集中していく)
晴天 (笑)なんだ、なかなかうまいぞ!
泰治 (一度やめて)えへへ〜。そうかな?
晴天 (自分も麺棒を用意しながら)手首は動かさないで腕全体で動かすようにしてごらん。
    そのほうが、力が均等にかかるから…。
泰治 …ねぇ。この絵ってさ、潔い?
晴天 は?…どっちかって言うと、往生際は悪いのかな…?
泰治 そうか。じゃあダメだ。
晴天 何がだめなんだ?
泰治 母上がね、『潔いのが好きだ』って言ってたからさ。
晴天 潔い…?おまえそれ、母上はいつ言ってらしたんだ?
泰治 去年のお花見のとき。桜は潔くて好きだって言ってた。
晴天 ああ。それは、桜の花びらがこう、惜しげもなく雪のように見事に散る姿を見て
   ”潔い”とたとえられたのだろう。絵の感想にはあんまり使わないな。
泰治 ふ―ん。…じゃぁ、この絵が全部きれいになったら、母上喜んでくれるかな?
晴天 そりゃ、喜んでくれるさ。すばらしい絵だもの。
泰治 本当!んじゃ、がんばろう!最近母上の喜ぶ顔見てないんだ。楽しみ。
   おじさんも協力してね。
晴天 …そうか。うん。がんばろう。
   (一瞬、泰治の言葉に止まってしまった手をまた動かし始める)

     3
    岡本家客間。襖は四枚きれいに拭かれてはめられている。
    その前に、落ち着かない様子で座っている晴天。泰治の声が廊下から響いてくる。

泰治 母上!少しでいいから、早く早く!
千紗 なんですか、この子はまったく。そんなに手をひっぱるものではありませんよ。
   (よそ行き姿で、廊下より手を引かれ登場)
泰治 さぁ、ごらんくださいませ!(襖をしめす)
千紗 まぁ…。(襖を見た目が凍る)
晴天 シミを抜き、埃をぬぐって、大方洗浄が終わったところでございます。
   後は彩色の工程がのこっておりますが、それでもすでに見違えるようでしょう?
   泰治君も手伝ってくれたんですよ。
千紗 !(いきなり手提げを襖へ投げつける)
晴天 (たまたまあたって)あいたっ!
泰治 母上!?
千紗 (襖から逃げるように離れ、背を丸めて)そんなものさっさと、もって行ってくださいな!
   もう、一秒だって我慢できません!
晴天 奥様。いったいどうなさいました。この襖が、いったいどうしたというのです…?

    千紗、かなり追い詰められた様子でかがみながら、晴天の言葉に素直に答える。

千紗 …それを見ると、…逃げた夫の事を思い出すのです。
   あの男『その絵の二人のように、ずっと手をつないで行こう』ってあたしに言ったのに…。
   それなのに女郎なんかと。

    千紗、一瞬泣き出すかと思われるが、気丈に立ち上がって。

千紗 …こんなこと、貴方にお聞かせしても意味のないこと。(廊下へ逃げるように)
   私は出かけます。留守を頼みましたよ。
泰治 母上!(どうすることも出来ず見送って)‥あーあ。せっかくあんなにがんばったのに。
   ダメだったか。
晴天 …まぁ、彩色をしてみよう!まだ修復は終わってないんだ。あきらめるのは早いよ。
泰治 いい。…なんかあきちゃった。僕向こう行ってる。邪魔になりそうだからさ。じゃね。
   (廊下へ出て行く)

   晴天、気を取り直し、絵筆を取り出し襖に向かうが、最初の一筆が書き出せず、
   筆をおく近藤、いつものように玄関をたたき、やはりあきらめて庭に回ってくる。

近藤 おう!なんだお前が一人で留守番か?どれどれ、襖のほうはどうだ?
  (上がってきて、晴天の隣に座る。)ほほぉ!もうここまで仕上がったのか!
   後はほんの少し彩色すれば完成だな。さすが、大先生!この調子でもうひとふんばり、
   頼みますよ!
晴天 私には出来ない。
近藤 …どうかしたのか?
晴天 私は今までどうして絵の修復などやっていたのか、わからなくなってしまったよ…。

     4
    岡本家の客間。時は正午。外は相変わらず明るく、部屋の中は暗い。
    千紗が一人静かに、襖を眺めている。襖の絵は暗くてよく見えない。

泰治 (廊下から覗きこんで)母上。どうされました?
千紗 泰治。ちょっと、こちらへいらっしゃいよ。
泰治 はい…(千紗の隣に座る)。なんです?
千紗 そら、御覧なさい。

    襖のライトがつき、屋敷の薄暗がりに襖が浮かび上がる。
    そこには、母と子が手を取り合って、満開の桜を眺める図が描かれている。

泰治 桜が…。
千紗 花びらがあんなに舞い散って…。潔いこと。
泰治 あれは、母上でしょうか?
千紗 そう。きっとそうね。手をつないでいるのは、お前よ。
泰治 …はい。

    しばし無言のまま、襖絵を眺める二人。庭に近藤登場。
    声をかけようとするが、二人の様子と襖を見て、苦笑いのまま、帰っていく。

千紗 桜を見るなんて久しぶり。そういえば今年はお花見には行かなかったものね。
泰治 今こうして出来ているのだからいいではありませんか。…本当に見事な桜ですね。
千紗 真夏だというのにね…。



モドル



City Jackerは、norizoが運営する趣味のサイトです
1024*768 & 800*600 推奨 / JavaScript , Stylesheet 使用

【こぼれ話】
友達の誕生日記念で書いた作品。絵本にするつもりがテキストしか仕上がらす。
このパターン多くてまいるな…。実際の彼女も明るいイカした魔女っぽいです。