マカロン・タワー
2006.3

■マカロン・タワー




町のカフェ。窓辺にはマカロン・タワー。





毎朝やってくる寡黙な老人。
彼は一番奥の窓辺に座る。
注文はいつもエスプレッソ。


店長は彼の生活を知っていた。
朝早く近所の家をまわり、些細な手伝いでその代金を受け取る。
今日の昼と夜のパンを買って、
時には硬く乾いたサラミを買って、
そしてこの店にやってくる。
たった一杯のエスプレッソが彼にとってどんな意味を持つのかは知らないが、
店長は、その老人の注文にはほんの少しだけ気をくばった。







クリスマスが近づいたある夜。


店長はボール紙を円錐に仕上げ、
そこに色鮮やかなグリーンのマカロンを貼り付けた。
色とりどりのグレーズと、金のリボンで仕上げれば、
それは見事なクリスマスツリーが出来上がった。
店長は自分の仕事に満足しながら、
翌朝、さっそく店の窓辺に飾った。


マカロン・ツリーの窓の前を、
木枯らしに頬を真っ赤に染めた子供たちが、
もの欲しそうな顔で通り過ぎていく。
学校に向かう子供たちや、勤めに向かう人々をよけながら、
今日も老人はやってきた。



エスプレッソだけの注文。


町はクリスマスを目前にして、
一冬越せる以上の蓄えを準備しているというのに、
この老人は、今夜も固いサラミをかじるのだ。
店長はふいに、埋めようのない寂しさを感じてしまった。


一体どうしたらこの老人に、
一杯のエスプレッソ以上の物を出してやることが出来るのだろう。


店長はスチームをかぶりながら考えた。








結局何も思いつかないまま、店長は老人を見送った。

胸に穴の開いたような寂しさを感じながら、
奥のテーブルを片付けていると、ある変化に気がついた。


テーブルに鮮やかな緑の食べかすが落ちている。


マカロン・ツリーをよく見ると、
壁際の下の、リボンの影になる部分が、
上手に一つはずされている。



「似合わない。」



店長は思わずつぶやいた。

いつも無表情にエスプレッソを飲む老人が、
こんな子供向けの、真緑のマカロンを、
こっそりはずして食べただなんて、
あまりにもありえない。
しかしマチガイはないだろう。

誰にも見つからないように、
こっそりマカロンを取る老人を想像して、
そしてあわてて頬張る姿を想像して、
店長は口をゆがめて笑った。







それから毎日一つずつ店長は緑のマカロンを焼いた。
そして毎日同じようにリボンの下のマカロンもなくなった。


マカロンがいつもなくなる事に気づく人もいたが、
『 ツリーのマカロンが減るのはクリスマスの精霊が来ている証拠だ 』と
店長ははぐらかした。




小さな秘密はクリスマス・イブまで続いた。


閉店間際の店で、店長は最後のマカロンをつけた。
真緑で、赤や黄色のグレーズで飾られた
アメたっぷりのマカロン。

悔やまれるのは、これをクリスマスの朝に、
あの老人に食べてもらえないことだ。

クリスマスは店を閉める。

持たせてやりたくても、声をかけてしまったら、
店長がつまみ食いの犯人を知っていることがばれてしまう。
もしそんな事になったら、彼は二度とこの店には来ないだろう。
だから店長は知らないフリを通したのだ。




スチーマーとカウンターに挨拶をして、店長は店を出た。

通りの角をまがった時、
店長は思わぬ影とぶつかった。





あの老人だ。





しん、と静まり返った通りに、二人はとても不似合いだった。


「アンタにちょうど会いに来たんだ。」
老人はなれない様子でそういった。
もう半年以上顔を合わせているというのに。
でもそれは店長も同じだった。


「実は私は…クリスマスの精霊なんだ。」


それは冗談を通り越して、真実に聞こえた。


「毎日おいしいお菓子をありがとう。感謝の印に、この歌を聴いてくれ。」

老人はポケットから小さな手風琴を取り出した。
キャロルは夜の通りに教会の鐘のように響いた。
その歌声は、背中を丸めてカプチーノをすする姿からは
想像できないほど浪々としたものだった。

店長は声を合わせた。




二人の歌声を追うように、聖夜の空に、
クリスマスの訪れを告げる、鐘の音が鳴響いた。


『小さき、かよわき神の子らよ。
 聖夜に歌え。肩を組んで。
 暖炉の前で、手を取り合って、
 喜びを分け合おう。この聖なる夜に。』










モドル

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【こぼれ話】
仕事をやめるギリギリのときに書いた作品。
賛美歌(なのか…?)の歌詞がしっくりこないんだよなぁ。